みなさんが旅行や出張にいったとき、何もないと感じるようなまちも多くあるのではないかと思います。ではそのまちは本当に何もないのでしょうか。実は、このような場所でも、旅する人の考え方によってはそこが立派な観光地になる可能性を秘めています。本記事では、書籍『スーパーって観光地やねん』を上梓した著者が、何もない街でも観光地になる視点を紹介します。
1, 日本中を旅行して実感する「地域資源」の概念
私自身はこれまで日本一周を3回ほど実施してきましたが、日本中を旅行すればこの国のほとんどの場所は観光地ではないことに気がつきます。ある意味当たり前のことですが、さまざま魅力のある国土のほんの一部しかない観光地に、ほとんどの旅行客が集中しているということは何とも勿体無いような気持ちがあります。また、住んでいる人の話をきいても、「このまちには何もないからね」という回答を聞くことは少なくありません。
多くの観光客はその土地の独自の地域資源を楽しむためにある場所訪れるわけですが、ここで少し振り返ってみましょう。そもそもその地域資源とはいったい何なのでしょうか。海や山といった美しい自然、そこに住んでいる人々、建物や文化財など、多岐に渡りますが、その中には地域資源と言われるものもあれば、当然の風景として認識される山や海もあります。では、どのような条件を満たせば「地域資源である」と言えるのでしょうか。
資源であるものと資源でないものの境界について、私は「人々の価値観の変化にともなって変化していくものである」と考えます。この考え方は、学術雑誌「文化資源学」の第一号の「創刊の辞」で、私の通う東京大学の名誉教授・木下直之氏が
ゴミとゴミでないものの境界線は、有用性の有無で決まる。その判断は、個人や社会によって異なるものの、一瞬前までゴミでなかったものが、一瞬後にはゴミに変わるのは、それらの性質や形態が変化した以上に、所有者、管理者の価値判断が変化したからである
と記したのにも共通するものではないでしょうか。
工場夜景はかつては夜に工場が動いていることを示すだけのようなものでしたが、近年はその景色に魅力を感じ工場夜景を見に訪れる人が増えました。工場自体は変わっていないのに、人々がそれに価値を感じるようになった結果、観光資源になっていったのです。
たとえば自分が住むまちであったり、フラッと訪れたまちで、「何も魅力がない」「何も観光するところがない」と感じるのは、この価値観によるものなのかもしれません。価値観のメガネをかけかえると、そのまちが魅力溢れた場所に見える可能性を秘めているのです。
2, スーパーマーケットは観光地であるという価値観
みなさんは旅行に行った際にスーパーマーケットに行きますでしょうか。海外旅行においてはスーパーを巡るという話を耳にする機会も多いですが、国内旅行において旅の行程表に「スーパーマーケット」を組み込んでいる人はあまり多くないのではないでしょうか。
しかし、日本国内においてもスーパーへ行ってみると、自分の住むまちで見かけるものとは違ったものが発見できるのです。ここでぜひ、スーパーマーケットは観光地である、という価値観の選択肢に触れてみていただきたく思います。
たとえば、有名な話として、沖縄県にあるスーパーで販売されている牛乳のパックは、1000mLや900mLといったキリのいい量ではなく、946mLのような中途半端な容量となっていることがよく知られています。これは、アメリカによる米軍統治下で、リットルではなくガロンが容量の基準として使用されていたことに由来するわけです。このような事実と歴史背景を知るということは、その他の観光地に訪れて遺跡や説明を見ることに遜色ないほど魅力的な所業ではないでしょうか。
日本各地のスーパーマーケットには、沖縄の牛乳以外にも、さまざまな斬新な光景がたくさんあります。山がちな地形の中で生まれた「魚を全く使わないお寿司」、製鉄所の保存食として開発された「とつもなく硬いパン」など、その土地でしか出会えないような食べ物たちが陳列されています。しかも、地元の人たちが「当たり前だ」と思っているような、日常に根差した食べ物たちなので、派手な装飾などはなく、当然のようにしれっと販売されています。また、「販売されている」という点も注目すべきポイントです。お店で売られているということは需要があるということです。普段人々が食べたり飲んだりしているものだからこそ、売られているわけです。
スーパーはそんな「現地の日常」を最も如実に感じられる素晴らしい観光地であると考えることができるのです。

『スーパーって観光地やねん』
著者:下村英理
出版社:青月社
イラスト:Moeko Kobayashi
日本全国を歩き尽くした著者が教える、
駅や空港の売店では出会えない本当の名物グルメとそれらを通して見えてくるご当地の文化と歴史。
大阪といえばたこ焼き、沖縄といえばソーキそばなど、日本全国にひろく知られたご当地グルメや定番のお土産の数々。
これらは地元の人々も日常的に食べているのか?
あるいは観光客向けに“見せられた伝統”なのか?本書では、日本一周の旅を3回達成した著者が
訪れたまちの日常をリアルに味わうことができる空間としてスーパーマーケットを「観光地」と定義。そこでしか出会えない名物料理や地域限定のお菓子などを豊富なビジュアルとともに多岐にわたってご紹介。
“本当の”名物グルメとその文化的背景を通して、みずから現地へ足を運ぶことの意義や旅でしか得られない体験を語る!
3, 外部からの比較によって見えてくる景色
「何もないまち」はありません。人が住み生活している以上、さまざまなストーリーや歴史、背景、特性があるはずです。しかし、それらが当たり前の環境においては、魅力に気が付くことは難しいものでもあります。特に自分が住んでいる街の魅力をうまく発見することは、かなり難易度が高いのです。
そのような時に重要なのが、外部の目線、とりわけ旅行者や関係人口と呼ばれる人たちの目線です。これらはしばしば「よそ者目線」などと言われることもあります。たとえば今や唐揚げで有名な大分県中津市は、もともと市内でから揚げ屋の競合が激しく多くの店があったわけですが、その様子をみた外部の人たちがだんだん注目するようになり、今のような名物になったと言えます。
よそ者目線は「比較」によって説明できます。自分の知っているまちと対象のまちを比べた時に気づく何かをよそ者目線と捉えて良いでしょう。比較をするためには、比較する材料が必要です。それは今住んでいる場所の当たり前を強く意識することによって得られるものです。私たちがよそものとして自分の住む場所とは別の地域を訪れたときにしか得られない視点があるのです。
4, 何もない、魅力のないまちを観光地にする方法
本記事では、何もないとか、魅力がないと感じることは、人の価値判断によるのではないかという視点を紹介しました。そしてその価値判断が少し変わると、今まで魅力的でないと感じていたものが魅力あふれる何かに見える可能性があることを紹介した上で、その価値判断の転換の例として「スーパーは観光地である」という価値を提示しました。また、外部目線と比較の関係についても述べました。
何もないと感じる街の地域資源を活用し、観光地にするには、ものの視点を変えることが有効なのではないでしょうか。
地方創生やまちおこしと大上段に構える必要はありません。もし皆さんが、次の出張や旅行で「この街、何もないな」と思ったら、ぜひ地元のスーパーの暖簾をくぐってみてください。 そこには、ガイドブックには絶対に載っていない、その土地のリアルな歴史と経済、そして人々の営みが詰まっています。スーパーを観光地として楽しむ視点(メガネ)を手に入れたとき、日本のほぼすべての街が、一瞬にして輝きを放つエンターテインメント空間に変わるはずです。



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