私はこれまで日本一周を3度実施し、日本のさまざまな場所を訪れてきた。今回はその中で訪れた北海道で見つけた木彫りの熊について、関連するさまざまな事象を交えながら紹介をする。
アイヌ民族と熊と文化
まずは北海道の先住民・アイヌ民族とクマの関係について紹介したい。アイヌの文化においては、ヒグマはカムイであるとされた。すなわち、熊は神であるとされたのだ。今ではヒグマは市街地に出没したり、何かと嫌われていることからはなかなか想像できないが、文化を感じられるところである。
アイヌの文化においては、動植物や人物を絵画や偶像で表現することはあまりなかったそうだ。リアルなものを作ると、それに魂が宿って悪さをするようになると考えられていたのだ。

アイヌの木彫りの熊について
上で紹介したように、アイヌの文化においては偶像で表現されることはほとんどなかった。ではなぜこの木彫りの熊が有名なのであろうか。実はこの木彫りの熊が生産され始めたのは近代に入ってからなのだ。尾張徳川家の当主であった徳川義親が、スイスのお土産で木彫りの熊を見つけたことをきっかけに、尾張の人たちが入植した北海道八雲町付近で、冬季の収入源として生産がすすめられたそうだ。
またこれとは別に旭川市でも木彫りの熊の生産が盛んである。これが八雲のものに影響を受けたのかどうかは諸説がある。
昭和の時代に特に生産が盛んになり、北海道を代表するお土産であったが、近年は生産する人も減り、お土産としては衰退傾向にあると言われる。

アイヌ木彫りの熊の頭の向き
アイヌの木彫りの熊は、基本的には頭が左を向いており、口には魚を加えている。しかし、一部は右を向いているものがある。北海道で現地の人に話を伺うと、右向きのものはすごく彫りにくく、右向きを作れる人は技術力のある人だ、とのことであった。実際に、阿寒湖畔にあるアイヌコタンのお土産ショップで木彫りの熊を見ていると、ほとんどは左向きであったし、右向きのものは値段が高かった。

アイヌの熊と空き家
私の知人に空き家バンクの運営をしている人がいるが、その人の話によると空き家を整理している際にアイヌの木彫りの熊が出てくることが多いとのことであった。その人は三重県の空き家を管理しているが、三重県においても木彫りの熊が出てくるそうで、全盛期の勢いが感じられる。人間くらいのサイズのものが出てくることもあるそうだが、空き家の所有者としては邪魔なので処分する傾向にあるらしい。木彫りの熊は比較的高価なものであり、近年は学術的価値についても見直されているということもあり、そういった機会に貴重なものが消えていくのかもしれない。しかしその人はそれが勿体無いということで、持ち主に許可を取った上で木彫りの熊を集めているとのことであった。
まとめ
今回はアイヌの木彫りの熊について紹介してきた。各地を旅行していると、想像とは違った起源を持つものも発見できる。またそれらを深ぼっていくと、思いがけないストーリーや雑学に出会うことも多い。こういった学びも旅の楽しみではないだろうか。最後までご覧いただきありがとうございました。



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